黄色の花の物語は、タグに違わずみんながみんなどこかしら何かしらですれ違う、すれ違いの物語です。
でも最初はオーリィードとアーシュマーの二人を指して付けただけのタグだったことを自白します。
おはようございます。
私は隅から隅まできっちりガッチリ詰めてから書いている訳ではないので、タグは『こういう場面があるからこれ』、『もしかしたらあったほうがいいかもしれないからこれ』、『警告としてこれ』、『なんとなくノリでこれ』といった感じで選んでいます。ダンデリオンとグエンとルビアを示す二等辺三角関係とか頭ぱーん辺りは、あながち間違いではない範囲のお遊びでした。女性二人はともかく、グエンはギャグの域に片足突っ込んでましたから。
すれ違いと切ないのタグは、『交わらぬ道』の時、オーリィードとアーシュマーは両想いなのに望まない形で離れ離れになってしまうことを指して付けていました。
けど、よく考えたら物語の中で最大のすれ違いはマッケンティアとリブロムなんですよね。
マッケンティアは真実心からリブロムを心配していたのに、リブロムはマッケンティアに命を狙われていると思い込んでいたわけで。
他人からの情報と自らの体験で、誰かのありもしない意図を定めてしまう悪例の一つだと思います。
ベルゼーラに帰った時、リブロムがマッケンティアに直接話を訊いていれば、違った未来になっていたかもしれません。
ただ、リブロムは毒杯を受ける前に仲間を大勢喪っているので、不信感からマッケンティアを避けてしまったのは無理もない話ですが。元々無邪気とか人懐っこさとは無縁な性格だったみたいですし、なおさら。
それでも、リブロムがマッケンティアやオーリィードと真相についてを語り合えていたら、いくつかのすれ違いは起きなかったかもしれない。
話し合う、向き合うって、言葉ではとても簡単だけど、実際にはすごい勇気とか根気とかエネルギーが要るんですよね。
自分を押し付けるでもなく、相手の全部を受け入れるでもない、その姿勢を維持しながら言葉と意志を交わして認め合う難しさ。
それでも、そうしなければいけない時もあるのだと。
だからこその黄色の花の物語だったのかもしれません。
ところで、タグ付けって難しいですよね。ジャンルだけで良い気がしなくもないのですが、どこまでをタグと表して良いのか迷う時が多々あります。
ジャンルも細分化しすぎてて、それはジャンルというより一場面だよね? と首を傾げる物も多いですし。
何故あんなに細かくする必要があるのか、大いに謎です。自作がどのジャンルに当てはまるのかで時間を費やす作家さんも多いのでは。
一読者としてはジャンルなんて全然気にもしてないので、本屋さんでは特に、ジャンルごとに分けて置かれるよりもむしろ作家名でまとめて置いてくれたほうが出会いも多いし探しやすいので助かるんですが……そこは大人の諸事情でしょうか。
北海道にあるらしい大きな書店では作家名ごとにまとめているようなので、うらやましいです。そこに住みたいくらい。
今日はここまでです。