梅見月ふたよの創作系裏話

創作物に関する独り言を連ねる日記帳

語られるべきではないもの

姉上に風邪をうつされました。真面目に頭が働きません。

ということで本編が書けていない為、最終章に回そうと思って書きためていたほうの一話分だけ、こちらで先行公開します。

このお話には、少なくとも未改稿部分の本編を最後まで読んでいないと重大なネタバレになる要素が含まれています。

既に未改稿部分の本編を最後まで読んでくださった方、もしくはこのブログで本編に関するネタバレを読んだことがある方、ネタバレに耐性がある方だけ、お読みいただければと思います。

 

 

 

S S『愚か者の回顧録1』

 

 国境を跨いだ進軍。
 止める者も、拒む国も無かった。

 通りたければ通れ。ただし、我が国に手出しはしてくれるな。

 救いを求める二人の声に、耳を貸す者は、居ない。

 

「ゼルエス陛下。お風邪を召します。天幕へお戻りを」
「構わん。下がれ」

 

 森に囲まれた廃屋を見下ろす丘。
 遠雷の瞬きに呼応する灰黒の天。
 打ちつける豪雨。吹き荒ぶ暴風。
 草花を繋ぐ地は雨水で削られ、果てを目指す濁流へと呑まれゆく。
 
 黙して去る近衛騎士の気配。
 木々の影に潜む王家の『影』。
 人道を外れた下衆にも従う、失望の道化達。

 これほど理想的な事故現場も無かろうに。
 嵐の渦中に一人立つ王は、転落も失踪もしない。
 自ら段差を踏み外しても、朝には昨日と変わらぬ姿で軍を率いている。

 

「バカバカしい」

 

 廃屋の煙突。頼りなく昇っては消える、か細い煙。
 身を寄せ合う夫婦の腕に、産まれたばかりの赤子。
 産まれるべきではなかった命。

 

「何故間違えた。オースティン・バスティヴィル・ヒューマー」

 

 両親に愛され、それ故に両親を窮地へと追い込んだ子供。

 

「何故待てなかった。ロゼリーヌ・シャフィール・シュバイツァー

 

 真に守られるべき、未来を繋ぐ新しい命。

 嵐が勢いを増せば良い。
 雨が止まなければ良い。
 風が吹き続ければ良い。

 この背を貫く刃が無いなら、せめて。

 陽光など射さなければ良い。
 薪が燃え続けていれば良い。

 天よ。この歪んだ視界を乾かすことなく、永遠に押し流し続けるがいい。

 しかし、嵐は止み、雨は止み、風は止み。
 薪は燃え尽きて煙も絶え、青く澄みわたる朝が来た。

 

「お前達に救いは無い。赤子と共に、ウェラントへ戻れ」
「お断りします、ゼルエス陛下。ロゼリーヌは、貴方の玩具ではない!」

 

 寂れた屋内、鳴り響く剣戟の音。
 両腕を垂れ下げた身に向かいくる刃は、ことごとく撥ね除けられた。
 それでもと決死の覚悟で放たれた一撃が、奇跡的に届きかけた瞬間。
 目の前で鮮赤の花が咲き、散った。
 不定形の花弁が頬に貼りつく。

 

「……あい、して……る……」

 

 ロゼリーヌ、シウラ、オーリィード。
 音にはならなかった。耳には聴こえなかった。
 それでも、唇が確かに呼んでいた。
 オースティンが愛した。オースティンを愛した。
 オースティンの妻と子供達の名前。
 オースティンの、家族の、名前。

 

「……殺してやる……。いつか、必ず、お前を殺してやる……!」
「今後一切、お前に安息の瞬間があると思うな!」
「お前は! わたくしがこの手で! 必ず殺してやる‼︎」
「己が名を呪え! それはわたくしがすべてを懸けて滅ぼす者の証だ‼︎」
「この身に何があろうと、死してなお癒されぬ苦痛を思い知らせてやる‼︎」
「業火に焼かれて踊り狂え! 汚泥に息を奪われてもがき苦しむがいい! 降り薙ぐ刃に、突き上がる槍に、その身を千々と裂かれて血を吐きながら、魂の一片も残さず砕けるまで、この世に生まれた罪を悔いて彼に詫びろ! ゼルエス・ミフティアル・ウェラントぉおおお────ッ‼︎」

 

 オースティンの背に守られていた、ロゼリーヌと赤子。
 近衛騎士が母子を引き離し、赤子はこの腕に。母親は廃屋の外へ。
 オーリィードを返せ。オースティンを返せ。私の子供と夫を返せ。
 怒りと恨みと悲嘆の呪詛は遠ざかり、静寂の廃屋に二人きり。
 泣き叫ぶ赤子を抱えた愚かな王が、事切れた男と二人きり。

 

「……お前達が、嫌いだ」

 

 社交的な性格。
 模範的な優等生。
 国家の一翼を担うには申し分ない身分。
 尊敬と憧憬の視線を集める、将来有望な紳士と淑女。

 

「ありとあらゆる賛辞を受けながら。賛辞に相応しい高能力を有しながら。何故気付かなかった。何故見えなかった。何故、想像すらしなかった」

 

 傷んだ木の床。転がっている剣。拡がっていく赤。

 

「何故、フリューゲルヘイゲンに辿り着くまで、待てなかったんだ」

 

 赤子が泣き叫ぶ。
 父親の死を否定するように。
 あるいは悼んでいるように。
 この両耳を切り裂くように。
 逃亡中に生を受けるべきではなかった赤子が、泣き叫ぶ。

 

「『オーリィード』」

 

 愛され、望まれて生まれた子供。
 すべてに愛されて育ちますように、と名付けられた女児。

 

「お前が男児であれば、国賊を討つ英雄になれただろうが」

 

 赤子を見下ろす。
 オースティンの手元にある剣が、切っ先で赤子を示している。
 赤子を抱えた愚かな王を、指し示している。

 

「『剣《シュヴェルト》』」

 

 優秀と言われた二人の子供。
 お前ならウェラント王国を、バスティーツ大陸を守れるか?

 

 オーリィード・シュヴェル・シュバイツァー

 

 

『愚か者の回顧録2』と、それ以降の話は、『黄色の花の物語』最終章として、各サイト様にて公開します。

早く治れ風邪ー。